春嵐に翻弄されて… 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。


 
 



     
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うか〜ッとすると忘れがちなのだが、
久蔵殿は今はセーラー服姿ではなく、どこぞかの都立高校の男子の制服、
濃青のブレザーにストレートパンツ、シンプルな白いシャツに、
足元は軽快なコンバースといういでたちで。
やや癖があってふんわり膨らむ金の髪を乗っけた色白で端正なお顔を、
斬りつけるような緊迫にきりきりと引き締めている、
それは凛々しい一青年…としか見えぬかもしれないが。
どうせ貧乳ですよ、尻も薄いですよと、
この制服を着つけた折にムッとしたのはさておき。(やっぱりか)
今の今、自分を取り巻く剣呑な空気がどれほどのこと冴え渡っているかを
ひりひりする圧で感じ取っており、
それへ、背条が凍りそうなほどの真摯な恐怖を覚え、
怯んでしまって座り込みたく…はならず。
むしろ高揚するまま血が沸くまま、
突き動かされるままに、駆け回りたくなっている自分がちょっと怖かったりする。
そうまで暴虐に歪んだ感覚に支配されているのではなくて、
自己防衛に必要な感覚が鋭敏に立ち上がっていて、
他でもない自分自身の機能のなめらかな対応へ、
我ながら凄いもんだと感心してしまっている。

 ああ、これが

かつて戦場にあった自分が、
この身を最大限機能させるために研ぎ澄まさせた、感応とか勘とかいうものか。
身近へ迫る殺意や危険の気配を察知し、
身を躱す、はたまた粉砕してゆくのに必要な鋭敏な感応。
見たもの聞いたもの、いちいち噛み砕いて把握する暇も惜しいとばかり、
体が手足がもはや脊髄反射で勝手に動いており。

「がっ!」

今も、ぞわりと背中に何かの影を感じたそのまま、振り返りざまに警棒を薙ぎ払っており。
その際、視野に入った相手の輪郭へ角度を微調整していて、
脾腹のくびれたやわらかいだろう処への一点集中型の一撃としたのなんて、
やはりいちいち判断を下して処したものじゃあないし。
そのまま足元を機敏に踏み変え、
身を反らして振り落ちてきた一閃を躱してののち、
振り抜いた切っ先を、手の中でくるりと持ち替えることで逆さにし、
大きく振りかぶって次に迫って来ていたおじさんの手の甲へ目がけて突き立て、
一番痛いところへの攻撃にしたのも無意識のうちに手がそうと動いていてのこと。

「ぎゃ…っ。」

すいませんねぇ、あなた方の若様ならこのっくらいはやるのでしょう?
とかどうとかさえ思っちゃあいない。
むしろ、いつものひだスカートじゃあないのが却って動きにくいぞ、
このカッコだと尻とか膝とかいちいち絞られて窮屈だぞ、
スカートだと下に良く伸びるロンパン履いてるからいくらでも脚を上げていいのにねと。
そんな不自由さへむっかりしつつ、斜め後方へぶんっと勢い良く振り抜いたら、

 あれ、何ににも当たらなんだぞと

初めて空振ったことへ違和感を感じた。
確かに何かが居たはずで、それを受けての振り向きざまの一閃だったはずが、
そしてそれへ当てたら次はと跳ね返った後までも見据えていたのに。
太刀筋の流れをあっさりと分断され、
想定外の間合いで振り抜いた格好になったそのまま痩躯がくりんと振り返った先、
視野に入ったのは…胸元を大きくはだけた和装の衣紋で。
格闘漫画に出てきそうなほど、ごつごつと筋肉の凹凸が見事に現れている胸板を
隠しもしない着付けをした道着姿の誰かが大層間近に立っており。
何かの映画の看板かなと思っておれば、
何者かの大きな手、そう、人の手で、
無造作に膝裏を掴まれ、グイッと自分の身が浮き上がるのを感じ。

 え?え?え?え?、と

自分の身に何が起こっているのだか、
まるきり判らないまま、やっぱり反射で脚への力を込める。
下手に油断しておれば関節や筋を傷めそうな気がしての対処で、
それを見越されていたかのような間合いにて、
大きく無骨な手が力いっぱい振りかぶり、
人をぬいぐるみか何かのように軽々と抛ってくれたのだ。
バレエの舞台での演出上 リフトや何やで抱え上げられて
ちょんと浮く程度に投げられることはたまにあるが、
こうまでふっ飛ばされたのは久しく覚えがない。
剣圧で吹き飛ばす格好で
自分が誰ぞかを…というのならやったことはあるけれど。(おいおい)

 「く…っ。」

地へ着いた先で手足を地に貼りつけ、ぐぐッと粘ったがそれでもすぐには止まらぬほどの力にて、
毟るように抛られたというのが、怖いより痛いより何だか悔しいと思ったのは、
久蔵が撥ねっ返りだからというよりも、あとで思うに結構手加減されていたからだろう。
怪我をしないよう、気遣いが挟まっていたのが、格下に見られていることに通じ、
それへと直截にむかぁっと来たお嬢さんだったようで。

 「久しいの、久蔵よ。」

そうと声を掛けてきた相手を、
ようもやってくれましたねと言わんばかりの
敵意いっぱいにキツく眇めた目で見据えかかったものの。

 “…?”

久し振りと言われてもなぁと、
見覚えのない相手なことへ素直に小首を傾げるところは相変わらずの天然ぶりで。
だがだが、そうそうお暢気なことをやってられる場合ではなく、

「何やら面白い余興を構えておると聞いての。
 その腕、なまらせてはおらぬかと、久々に試しに来てやったぞ。」

声もよく張れていて、何よりその総身の充実したこと。
はち切れんばかりとまでの代物じゃあないけれど、
それでもこのお歳で筋骨がくっきりと辿れるほどに盛り上がっていて、
それだけでもよほどの練達なことを思わせるし、
先程なぞ、久蔵の後背にぬっと現れたその存在感だけで
何かしらの危険を察知してのこと渾身の一閃を誘ったほどの
分厚い気力気概の持ち主でもあって。

 “間合いに入っても捕まりかねぬ。”

続けざまに打ち合うのは危険かもしれないと、本能的に感じた。
さっき捕まったのだって、油断なんてしてはいなかったのにあっさり脚を掴まれた。
何処へどう切っ先が伸びても払えるだけの集中を敷いていたはずが、
なのに するりと掻い潜られたということは
それだけ相手の眼とそれへ連動した鋭い動きが上だったということで。
これは油断がならぬと警棒を構え直した久蔵へ、だが、

 「…はて。貴様、少し痩せてはおらぬか?」

  はい?

 「いやさ、成りの大きさではないな。今少し軽う感じたが…。」
 「…っ!」

ハッとし、咄嗟に警棒を振りかぶったのは、
自分が “身代わり”なのだと思い出したから。
貫徹せねばならない役回りだのに、何か気付かれたかもしれぬと感じ取り、
いかんと思ってのやや逼迫した動きで利き腕を振り上げ、
躊躇したこと放り投げ、軸足を踏ん張って軽くバネを溜め、
ちょっと短い瞬発に乗ってアスファルトを蹴ったそのまま飛び出すと。
進行方向に立ち塞がった別なおじさんの、
防御の楯のつもりか水平に渡された腕をひょいと手で押さえ、
ぐんと押し込んで身を浮かせる手掛かりとし、

「わっ」

突然のこと、しかも突くとか薙ぎ払いではなく下へ押すなんて力を入れられ、
堪える範疇ではなかったのだろ、前へと倒れかかって低くなったその肩へ、
遠慮なく足を掛けて踏み切り、高みへ飛び上がった辺り、
容赦のない畳みかけを繰り出した紅ばらさんだったが、

 「……っ!」

飛び出しこそやや焦ってのそれだったが、
それでも後の体勢や間合いはちゃんと整えたそれだったにもかかわらず。
飛び上がってことでずんと高みから振り下ろした格好になった
警棒での渾身の振り抜きを、

 「…ぐう。」

自身の頭上へとかざした腕一本でがっつり受け止め、
少しほど引いたのは溜めを生むため、
しかも…先程も感じたが、
こちらへ“さあ投げるぞ覚悟はいいか”と構えさせるために間を取っているかのような
それがための刹那の反動だけでぶんと振られた腕の一閃が、
撃ち込みだけじゃあない、久蔵の身ごと軽々と払い除けての吹き飛ばす。
しかもしかも、
跳ね飛ばされた先で随分と靴底で地べたを擦っての後方へと下がらされた久蔵殿へ、

 「やはりな。
  お嬢ちゃん、もしかしてお主、久蔵の影武者か?」

何処か興が冷めたというよな顔になったおじさん、
そんな爆弾発言を降らせてくれたのだった。




 to be continued. (17.04.13.〜)





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 *やはり練達だけあって、この子女の子だと気がついたらしいです。
  そっくりなことと勇ましさから、他のおじさんたちは全く気付いてないのですが、
  剣圧の重さとか、叩き伏せのわずかな所作で判ったのかな?

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